「創発」とは部分の単純な総和にとどまらない性質が全体として現れる現象です。 巨大かつ複雑な構造を有するナノシステムの構築と機能化を目指すビルドアップ型ナノサイエンスにおいて、 従来の隣接分子間相互作用による自己集合や準平衡状態での結晶成長を超えた、 分子システムの自己階層化や自己機能化を導く方法論の確立が求められています。 本領域では、高度な分子プログラミングや非平衡科学に基づいた分子レベルの創発を探求し、 それを基盤とした新規な物質・機能・ナノシステムの創成を「創発化学」と位置づけて、 その学理の追求と応用技術への展開を推進することが目的です。
「創発」は、物質科学のみならず、生命科学、情報科学、人文科学など幅広い領域で用いられる言葉ですが、本領域では、物質の自己組織化に関する研究において、新たな未踏の段階を目指す言葉として位置づけています。これまで化学における自己組織化研究では、主に分子構造の高度化による高次構造と高次機能の発現を目指した研究が展開されてきました(レーンの定義)。その極限的な形として、自然が生み出したタンパク質があります。しかし、自己組織化現象の理解は平衡系の範囲にとどまり、分子のサイズを超えるナノスケールの構造を生み出す方法論は明らかではありません。
一方、物理の領域における自己組織化研究では、これまで非平衡開放系の散逸構造が導く階層形成が主な主題でした(プリゴジンの定義)。その自然界における象徴の一つは雪の結晶です。しかし、理論やモデル実験の対象は、単純な分子、粒子、あるいは粘性を持つ連続体であり、分子物性との関連はほとんど意識されていません。
生命を展望するとき、多様かつ複雑な分子が非平衡開放系の中で働いています。その自律性、階層性、柔軟性に一歩でも近づこうとするとき、従来の化学と物理それぞれにおける自己組織化研究から大きく踏み出して、分子化学と非平衡科学の成果を融合する必要があります。多数の分子間相互作用が共鳴あるいは組織化して、高度な構造や機能が顕れる“創発”の考え方をもとに、新しい物質、機能、ナノシステムの創成を目指す新学術領域を「創発化学」と位置づけます。
自律的なナノシステムの構築を目指した新しい領域を開拓するには、狭義の化学分野のみならず、
分子レベルの創発に関わる広い分野の研究者による融合的研究が必要です。
研究項目A01では、分子論的なアプローチによる散逸構造、確率共鳴、
非平衡統計力学など様々な理論・シミュレーション・モデル系実験研究、研究項目A02では超分子、錯体など、
自由度に富む結合を駆使した巨大分子系の創発に関する研究、
研究項目A03では高分子やタンパクなど巨大な分子を構成要素とする機能創発に関する研究、研究項目A04では、
微細加工などトップダウン手法により形成したナノ構造を利用した表面・界面が関わる分子集団の構造・
機能創発とデバイスを見据えたシステム応用に関する研究を推進します。
ナノスケールの分子システムでは、熱ゆらぎや外部からのノイズが構造形成や機能発現に積極的な役割を担っている。
このようなシステムを平衡から遠く離れた非平衡状態におくと、ゆらぎはさらに増幅され、
近接分子間相互作用を超えた長距離相互作用がしばしば誘発されて、
新たな階層構造や機能の創発に至ることがある。A01班では、非平衡状態にアシストされた化学系の創発現象について、 実験とモデルの両面から検討を加え学理としての体系的な理解を目指す。 システムのダイナミックスならびにノイズの建設的な役割を中心に据えて、 要素の総和に留まらない新たな階層構造や機能が発現する創発過程のメカニズムの解明を目指す。
[キーワード]
散逸構造、ゆらぎ、ノイズ、確率共鳴、非平衡熱統計力学、計算機シミュレーション、分子論的数理モデル、階層形成、核形成
[研究分野の例]
ソフトマター、ナノマテリアル、結晶成長、エピ成長、反応拡散系、分子論的シミュレーション、ナノロボット
球状ウイルス殻構造の生成過程に見られるように、生物は数百(場合によっては千を超える)
構成成分を弱い分子間相互作用のみで集合させ、巨大で安定な一義構造体を構築するのに対し、
人工系では10-30成分の一義構造集合体が達成されているに過ぎない。A02班では、有機小分子、金属錯体、無機クラスターなどの構成要素から、 ファイバー、螺旋、リング、カプセルなど、 有限・無限構造を持った高次構造が創発的に組み上がる系を探索する。散逸過程を経る高次構造の自己組織化も研究する。 また、構造のみならず、構成成分には見られなかった新たな機能の創発もめざす。これらの研究を、有機化学、錯体化学、 生体関連化学、構造解析、等、さまざまな分野の研究者で連携して展開する。
[キーワード]
自己集合、自己組織化、階層構造、金属錯体、クラスター、包接現象、非共有結合、空間化学、高次構造
[研究分野の例]
有機化学、錯体化学、生物無機化学、超分子化学、ソフトマター、ナノマテリアル、自己集合、自己組織化、生体関連化学
生体内では「生体分子機械」と呼ばれる様々な刺激応答性ナノ構造体が活躍している。
タンパク質をサブユニットとする複雑な分子集合体は、サブユニット内、サブユニット間の近距離、
長距離の精緻な交互作用により、柔軟かつダイナミックな機能を生み出している。A03班では、分子認識を軸として、生体系の際だった特徴である情報の保存、複製、 増幅に着目した動的機能の創発について研究する。 生体の模倣や生体と人工のモジュール複合化を行い、多数の分子が同期して働く共同効果、 アロステリズムに着目し、分子機械を指向する分子ナノシステムの構築を目指す。
[キーワード]
アロステリズム、生体分子機械、ソフトマテリアル、光異性化、分子認識、自己集合、酸化還元、 トポロジカル超分子、階層構造、プログラム自己組織化
[研究分野の例]
生体高分子化学、機能性高分子化学、超分子化学、ナノ複合材料、自己組織化
分子の組織化による創発により、生命にも匹敵するような高度の機能を実現するためのブレークスルーは、
いかに対象の物質系に情報を多く組み込むかであり、これまで分子自体に多くの情報を組み込む研究がなされてきた。A04班では、分子系に適合するソフトナノリソグラフィー技術の開発、 それらを利用したトップダウンプロセスによるナノ構造を環境としたボトムアップ組織化制御、 さらにこうしたプロセス融合による分子機能創発の研究を行い、分子が本質的に持つ揺らぎ、 雑音を利用した電子・光・力学素子の開発を目指す。
[キーワード]
ナノリソグラフィー、ナノ空間、確率共鳴素子、揺らぎ・雑音、表面構造、分子による情報処理機能、分子電子・光・力学素子
[研究分野の例]
分子素子、分子による情報処理、機能分子合成、表面科学、 錯体化学、生体機能化学、自己組織化

























